和光市老夫婦殺傷

中学3年生、この子に救いは無かったのだろうか。

自分のことを分かってくれる人がいると思えていたら。

ご両親の事が3日立ってようやく記事に出るこのタイムラグ。

この子の心の隙間はどんな大きさだったのだろう。

子供から大人へ移行する時間、子どもでいたいが、大人にもなりたい。

目の前の生活に夢が持てない、受験、就職、生涯現役、、、

一つずつの小さな不安が自分を占領していく。

いつの間にか闇の中に入ってしまっていたのだろう。

小さな不安はあったとしても、小さな希望もあれば、

この子はこんなことをしないで済んだのではないだろうか。

大人の責任は重い。

でも大人も同じく一つずつの小さな不安に押し潰されないよう闘っている。

働き方改革、生涯現役、超高齢化社会、40代50代の声にならない圧迫感を、

20代30代の将来への絶望を、政治家は分かっているのだろうか。

政治家が大切にする企業、高齢者を支えているのは、そういう20代から50代の人間。

その子どもが0歳から10代の人間。

一つ一つの家庭の幸せが、平和の根源。

どんなに外を取り繕っても、内が崩壊すれば、いずれ全て壊れる。

必死に闘っている子供たちが大半だ。

でも、その境界線は、もろいものだろう。

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黄昏流星群

みんなどこかに心の隙間があるのだろうか。

家庭ではないどこかで夢を見たいと思う気持ちは、悪いことなのだろうか。

現実がつらいから?

つらいだけではない、楽しいこともあるはずなのに。

現実と夢との境界線を越えなければ、夢を見ることは悪いことにはならないのだろうか。

40代50代、若くも無く年寄りでもない。中途半端な時。

鏡と向き合うのが怖くなり、現実から逃げたくなる。

夢を見たくても、鏡の中には現実がある。

ドラマを見て、なんだかつらく悲しい気持ちになるのは、私だけなのだろうか。

樹木希林さんの手

毎日のように樹木希林さんのインタビューが流れている。

一つ一つ自分の言葉に信念が埋め込まれていると思う。

その中に、「どんな不幸な中にいても、どこかに光はあるもの」というような言葉があった。その言葉をおっしゃった時の合わせた両手が、何かを包むように膨らんでいて、その中に光が入り込むように指に隙間が空いていた。

暗闇の中にいる人に、この微かな光の線を探してと言っているように見えた。

深呼吸をして、差し込む光があると信じて、ゆっくり見渡してみようと思う。